2012年1月 8日 (日)

見た番組記録2012-2

「私が愛したウルトラセブン 第2部 夢見る力」・・・夢見る力といえばonちゃんと相場は決まっていますが、この場合はアンヌ隊員。田村英里子さん演じるアンヌさんは、ひし美さんに劣らず魅力的でした。最終回のあのアンヌの台詞は、ひし美さんが金城さんに言った言葉だったとは(ここはフィクション?)。いずれにせよ、魅力的なお話でした。

「江 第21話」「江 第22話」・・・疲れていますが、まだ折り返し点に達していません。清盛もはじまってしまいました。がんばって消化しなければ。

「アスリートの魂 三浦知良」・・・これです。カズには、契約してくれるところが無くなるまで現役でいてほしい。たぶん、そうすると信じています。

「NHKスペシャル メルトダウン」・・・防ぐ、あるいは悪化に要する時間を稼ぐ手段はあったのだと再認識。また、巨大なリスクを抱えた設備であるにもかかわらず、最悪の事態を想定した計画作りがされていなかったことも、改めて再認識できました。

このほか、きょうはのど自慢、新婚さん、アタック25、ラグビー大学選手権決勝などを視聴。テレビっ子な一日でした。

2012.01.08 at 23:59 テレビ | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 3日 (火)

箱根駅伝(復路)

昨日の往路に続いて、復路も見てきました。きょうも自宅近く(9区)です。東洋大が強すぎ。1位で東洋が通過してから、2位が通過するまで10分近く。さらに全選手が通過するまでに15分くらいの時間を要しました。終了後に帰宅すると、トップの東洋の選手はとっくに鶴見中継所を通過していた頃でした。

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▲ トップ通過の東洋大学

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▲ 2位争いの駒大と早稲田

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▲ 総合5位に躍進した青学

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▲ 最後は日体大が通過

帰宅後に鶴見中継所の様子を見ていると、神奈川大学のたすきリレーがたいへんなことに。わたしが見た頃は元気に走っていた神奈川大学の選手が繰り上げスタートの時間制限ぎりぎりに中継所へ。何とかたすきがつながるかと思いましたが、リレー直前で転倒。たすきが10区の選手に渡ったのは、制限時間とほぼ同時になってしまいました。公式発表でリレーされたことが認定されたようなので、関係者でも何でもありませんが、ほっとしました。危なかった。中央の10区の選手も、根性で最後まで走りました。危なかったようにも見えましたが、その根性に拍手。

2012.01.03 at 14:44 スポーツ, 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 2日 (月)

見た番組記録2012-1

年始の休みを使って録りためていた番組を2本消化。

「私が愛したウルトラセブン」(NHK)、市川森一さんの追悼企画で年末に再放送されました。元々は93年に放映された作品。ウルトラセブンの撮影スタート期のエピソードをドラマ化した作品。円谷英二さんの役に鈴木清順さんを起用するなど、何ともいえない配役が楽しめました。アンヌ(ひし美ゆり子)さん役の田村英里子さんにも好感。

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警視庁失踪人捜査課」(テレビ朝日)、2009年にレギュラー枠で放映されたドラマのスペシャル版、年末の12月24日に放映。レギュラー枠のときと同様、セットが格好良い。なぜか筆者が見る番組でよく見かける小日向文世さんの好演が好印象。

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2012.01.02 at 23:59 テレビ | | コメント (0) | トラックバック (0)

箱根駅伝(往路)

例年の通り、自宅近くで箱根駅伝を見てきました。自宅近辺は2区になります。鶴見中継所のたすきリレーから5kmくらいでしょうか。「花の2区」といわれるように、各大学ともにエース級が投入される区間で、スピード感を見るのがいつも楽しみです。

とはいえ、昨年まで日大のダニエル、その前は山梨学院のモグスのような外国人ランナーは今年はいないようで、その点はちょっと残念。そもそもその日大が予選を通過できず、学連選抜での参加になってしまったことは残念でした。

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▲ トップは早稲田

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▲ 追走する2位集団

この区間、青山学院大の出岐が区間賞。筆者の前を通ったときには、まだ10位前後でしたが、区間賞をとる走りで9人抜き。3位まで順位を上げたそうです。

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▲ 区間賞をとった出岐

明日は、きょうに続いて復路(9区)を見る予定です。

2012.01.02 at 23:58 スポーツ, 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 1日 (日)

改めまして

改めまして、新年のごあいさつです。今年も当ブログをよろしくお願いいたします。昨年はいろいろあって、ろくに更新できていませんでしたが、今年は少しずつ更新に励みたいと思います。

さて、例年の初日の出見物は「くもり」の予報を見て、断念。午前中は寝正月を決め込んで、ルーズな生活を暗示するスタートとなってしまいました。

書くことないので、以前にも書いたことがあったと思いますが、我が家の雑煮の写真を載せておきます。

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鰹出汁の醤油味、蒲鉾、つと豆腐、三つ葉、お餅は切り餅を焼いてから。群馬県高崎市の実家風のお雑煮です。

2012.01.01 at 23:59 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

あけましておめでとうございます

新年のごあいさつです。いろいろありすぎた2011年が終わり、2012年がスタートです。一日もはやく平穏無事な日々を取り戻せる1年になってほしいものです。個人的には目標(具体的には書きませんが)を大きく持ち、そこへ向けて日々精進していくこと。これにつきます。今年もよろしくお願いいたします。


横浜港の除夜の汽笛を聞きながら、新年を迎えました。

2012.01.01 at 01:50 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月31日 (土)

読書記録(2011/10~12)

期間 : 2011年10月1日 ~ 2011年12月31日
読了数 : 7 冊
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
福岡 伸一 /  講談社 (2007-05-18)
★★★★☆ 読了日:2011年11月29日
「動的平衡」から入って「生物と無生物・・・」を読みました。「動的平衡」に比べて少し専門性が高いように感じましたが、わたしのような素人にもわかりやすく興味を持たせようと書く福岡さんの姿勢がすばらしい。本当はわからないのでしょうけれど、わかった気にさせてくれる文章術だと思います。
「動的平衡」のときもそうでしたが、自分の体を構成している物質の不思議に迫ることで、生命とか意識とは何なのか考えさせられました。考えても、結論が出るわけではありませんが。
下町ロケット
池井戸 潤 /  小学館 (2010-11-24)
★★★★★ 読了日:2011年11月3日
夢がある。そして、勇気がわいてきます。コテコテな泥くさい話と予想していたのですが、予想以上の展開に刺激を受けました。現実の仕事は夢を追ってばかりもいられませんが、せめて小説の中は夢を持てる世界があってほしい。そんな作品でした。
最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
長谷川 晶一 /  白夜書房 (2011-09-21)
★★★★★ 読了日:2011年10月29日
現代の最弱球団ファンが歴史上の最弱球団の歴史を読む。読み始めて思ったこと。「それほど弱くないじゃん」。まあ、2年目以降は確かに最弱ですが、それは多くの制約や裏切りに振り回された結果で、現代の最弱球団とは状況が違います。そんななかでも奮闘を続けた選手たちに敬意をもって読み終えました。
砂の器〈下〉 (新潮文庫)
松本 清張 /  新潮社 (1973-03)
★★★★☆ 読了日:2011年10月23日
久々に読んだ清張作品。テレビドラマが放送されたのを録画しましたが、視聴前に原作を読んでおこうと思い立ち、手にした次第。

一気読みをしたいところでしたが、時間的制約が大きく2週間以上を費やしてしまいました。しかし、いろいろと展開を想像というか期待をしながら正味時間としてはかなりのハイペースで読み終わった感じです。読み進めていくにつれて、展開が予想と離れていくケースが多く、驚かされながら読み終えました。ちょっと現実離れした部分もあった気もしますが、それはそれでOK。

さて、原作を読んだので、次はテレビドラマへ。
松本 清張 /  新潮社 (1973-03)
読了日:2011年10月19日
下巻を読了後、まとめて書きます。
ハマの裏番 もつ鍋屋になる
中野渡 進 /  ミリオン出版 (2011-07-19)
読了日:2011年10月15日
評判を聞いて読み始めたのですが、まず「クソ」とかいう言葉使いに抵抗があり、なじめないまま読み進めていく感じの読み方。不思議なことに読み進めていくうちに不思議に著者である中野渡さんの世界が理解できるようになってきた気がします。
ちなみに、スポーツ観戦が好きなわたしですが、選手のプレーは見ますが人物像までは興味を持っていません。そういう意味では、本書の中身は知らずにいた方がよかった世界なのかもしれません。
天災と国防 (講談社学術文庫)
寺田 寅彦 /  講談社 (2011-06-10)
★★★★★ 読了日:2011年10月9日
物理学者寺田寅彦の災害にスポットを当てたエッセー集。感想は、本書内に掲載された「解説」にある通り。書かれた時期が大正から昭和(戦前)なのに示唆された内容は現代にもそのまま適用できることばかり。解説者が指摘しているとおり、寺田寅彦の視点が全体像を見失っていないからこそと思います。震災から半年、すでに教訓を忘れ始めた人もいるように感じます。今だからできることをひとつひとつ積み上げていきたいと改めて思い直しました。

2011.12.31 at 23:59 書籍・雑誌 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月24日 (土)

3.11

今さらではありますが、3月11日のことを振り返ってみます。地震のあった11日午後はいつものように都内の勤務先にいたのですが、結果から言うと大きな被害もなく、少し日常と違う日が続いたにすぎません。被災地の方から見るとどうということもない内容なので、これまで書くことに逡巡していました。ただ、やはりこの日に何をしていたのか、何を思ったのか、その後何があったのか記録し、教訓として自分の記憶にとどめることにします。

2011年3月11日金曜日、午後2時ころから勤務先新館の会議室にこもって、デリケートな仕事をしていた。この仕事、前日から続くかなり神経を使う仕事。やっと半分を過ぎ、集中力も続かなくなり一息入れようかと思ったところ、微妙な揺れを感じた。ああ、少し揺れているな。震度1から2くらいの感じ。「すぐに納まるだろう」などと考えているうちに、徐々に揺れが強くなってきた。この揺れは何かおかしい。

筆者は情報系Webサイトのシステムの仕事をしているため、どこかに被害が出るような地震なら、すぐに隣の建物にある職場に戻らなくては。自分のところのシステムにも万全を期さなければならないし、なにより情報を迅速に伝えることが重要な仕事になります。まずは、何が起きているのか状況を確認したい。閉じこもっていた会議室の向かいの部屋にテレビがあるはず。ほかの部署ですが、こういうときですのでお邪魔することにした。会議室の資料を片付けないままですが。テレビを見るとNHKが地震の速報を伝えはじめている。落ち着いて情報を聞きたいのだが、まだ揺れが納まらない。納まらないどころか、強くなってくる。書架のすぐ脇に立っていたので、無意識のうちに手で書架を押さえていた。いや、何かにつかまっていたいと思ったのかもしれません。それにしても、この揺れはただ事ではない。テレビでは大きな揺れが発生したこと以外、ほとんど状況はつかめなかったが、まずは職場に戻ろう。建物や同僚たち、そしてシステムは大丈夫なのか。すぐに先ほどまでいた会議室に戻り、資料を紙袋に戻して管理者に返す。きわめて慎重に扱わなければならない資料なので、放り出していくわけにはいかない。

まだ揺れが続く中で、会議室を飛び出し、階段を2フロア分駆け上がり、隣の本館とつながる渡り廊下(建物をつなぐ橋)を目の前にして、我に返って立ち止まる。この渡り廊下は、「大きな地震には弱い」と張り紙が掲出されていた場所だ。そして、橋の向こう側の防災扉が閉まっている。地震があると自動的に閉まる仕組みだっただろうか。それとも本館側に何か異常が発生して閉まったのか。ここを渡って大丈夫なのか。建物の外から回るには、階段を4階分降りて、外をわってまた駆け上がらなければならない。時間がもったいない。とにかく急ぎたい。まだ揺れている気がするが、一か八か渡り廊下を走ることにした。20メートルほどの渡り廊下を駆け抜ける。橋は何事もなかった。防火扉を開けてみる。よかった開いた。建物も無事のようだ。

職場に駆け込むと、やはり騒然としている。けがをした人や、建物や什器などの被害は無いようだ。まずは一安心。次はシステム。平日の昼間なので、職場には十分な数のメンバーがいた。基本的な動作確認をすでに済ませていて、もう少し詳細な稼働状況を調べているところのようだ。大丈夫。システムに重大な異常はなさそう。ただ、心配していた携帯キャリアの回線はすでにパンク状態に陥っているようだ。電話はつながらないし、ネットもつながらないようだ。

職場のテレビでは、大津波警報の発令を伝えている。東北地方が震源であることを知った。東京でこれだけの揺れだから、震源に近いエリアでは相当の被害が出ているだろう。震度7の地域もあったようだ。大津波も発生しそうだ。これは大変なことになると気を引き締める。

日ごろから整理整頓の行き届いていない筆者の机は、最初の揺れで積み上げていた資料の山が崩れたようで、机の脚元に紙が散乱していた。誰も他人の机を片付ける余裕はなかったようで、それは致し方ないところ。散乱した資料をかき集め、机に戻し席につく。直近の対策としては、これから起こると予想される事態を想定すること、そしてそれが悪い事態へ転ばないよう対策をとること。もう少し長いレンジでいうと、人手の確保。翌日からの土日を含め、長い時間の人海戦術が必要になるだろう。さらに言えば、帰宅の足の確保。社員は無理がきくにしても、スタッフに安全に帰宅してもらう足を確保できるか。本当はさらに長いレンジのことも考えなえればならないところだが、この時点では全く考慮の範囲外。そこまでの余裕はなかった。個人的な事情で言えば、使い捨てコンタクトの替えがなく、眼鏡も持ってきていない。日常的に服用している薬も予備がない。そんなこともあり、事情が許せば一度は帰宅したい。

さらに言えば、横浜の自宅や家族は大丈夫なのか。電話が通じるとは思えないので、とりあえず妻の携帯にメールを送っておく。築50年に近い群馬県の実家も不安。実家近くの勤務先にいるはずの妹の携帯にも同様のメールを送信。どちらも携帯からは送れなかったので、会社のメールから送信した。

そうこうしている間に、テレビの画面には現実とは思えない映像が次々に飛び込んでくる。大津波に襲われる東北地方の沿岸部。ビルから煙を吹き出しているお台場のビル。炎上する工場。現実として受け止めなくてはならないのだけれど、特撮か何かを見ているような不思議な感覚でした。とにかく津波から逃げて、一人でも多く高台へ避難して、流される車の中に人がいないでいて、願うこと祈ることしかできず、何とももどかしい気持ちでした。自分にできることは、災害時だからこそ重要な業務を担う立場として、部員もスタッフもシステムも無事に乗り切ること。それだけです。

急ぎでない業務をストップし、地震と津波の情報に集中して乗り切ることに決め、スムーズとまではいかないものの、大きな支障のない範囲で当日を乗り切ることができたと思います。

当日の夜に向かい、徐々に仕事の方も落ち着きを取り戻して、少し無理をすれば徒歩で帰れる人には帰宅を促すとともに、自宅にいて夜の出勤予定の人には自宅待機を要請しました。交通機関の乱れが回復しそうもないうえに、土日の人の手当も考えなくてはいけないため。その代わり、帰宅のめどが立ちそうもないメンバーには申し訳ないけれど深夜の待機をお願いしました。ほかのメンバーは、各自の判断にゆだね、帰宅の足が確保できそうな人は帰宅、無理そうな人は社内で待機。

さて、自分はというと…。日常の通勤経路は都営浅草線から京急線で横浜方面というルート。横浜駅に出られれば徒歩で何とかなる範囲。しかし、JRが全面停止した影響で、京急も終日の運休を発表済み。帰宅が絶望的ななか、メトロが部分的に復旧しつつある情報、そして東急も運転再開に向けて確認作業をしているとの情報が入りました。コンタクトレンズや薬の都合もあり、できるものなら帰宅したい。がんばれ東急。

夜までの間に自宅の妻や地元の妹とはメールで連絡がとれ、無事を確認するとともに、自宅や実家にはおおきな被害はなさそうなことがわかりました。とりあえず自分の心配だけすれば良い状態になりました。

銀座線と東急の運転再開の情報を確認した23時過ぎ、帰宅することに決めました。後に残るメンバーには申し訳ないですが・・・。

社を出ると、道路は軒並み渋滞。こんなにたくさんのクルマがどこから出てきたのかと思えるほど。これでは緊急車両の通行にも支障が出るでしょう。首都高の入り口になぜか神奈川県警のパトカーがいるのを見ました。緊急の要人送迎か、物資の運搬先導か、病人か血液など医療関係の先導か、いずれにせよ何らかの業務からの帰りでしょう。

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▲ 23時過ぎの都内

情報によると、銀座線は人があふれていて渋谷駅での東横線への乗り換えがスムーズにいっていない模様。それならば、渋谷は避けたほうが良さそう。目黒線を使えば渋谷を通らずに横浜方面へ抜けられる。そう考え、新橋から徒歩で内幸町へ。三田線から目黒線へ直通でいけるはず。しかし、内幸町で駅員に尋ねると三田線は三田から先が不通とのこと。それでは目黒線へは行けない。やむなく新橋へ引き返し、今度は溜池山王まで銀座線に乗り、そこから南北線経由目黒線を目指す。混雑した銀座線に乗り2駅で溜池山王。あとから考えれば、内幸町から溜池山王まで歩けばよかった。溜池山王から白金高輪行きの電車に何とか乗れ、運のよいことに行き先変更でその電車は日吉行きに。これで少なくとも日吉まではいけることがほぼ確定。目黒を過ぎると徐々に人も減ってきて、神奈川県に入る頃には日常の状態に。助かりました。日吉で東横線に乗り換え、車内はさらに空いてきて、座っていられる状態に。東白楽で下車、ここからは徒歩で東神奈川へ向かい、駅構内を経由して、さらに海側にある自宅マンションへ向かうルート。

東白楽から東神奈川へ向けて県道を歩き始めると、道路には少しずつヒビがあったり、植え込みが変に盛り上がっていたり、地震の影響が見えました。特に東神奈川のサティのあたり、揺れが激しかったことをうかがわせる状態でした。JRの東神奈川駅を通過すると、JRは後に批判を浴びることになるとおり、シャッターを閉め切って駅への入場をふさいでいました。京急の線路沿いを歩いていると、翌日の運行再開への準備でしょう。空の電車が運転を始めていました。自宅近くでは、24時間営業の吉野家が閉店中。輸送の問題でしょうか。

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▲ 東神奈川サティ付近のひび割れ(左)、シャッターと閉ざしたJR東神奈川駅(右)

自宅近くの第一京浜では、おそらく都内から自宅へ徒歩で帰宅を試みている人がぞろぞろと移動中。なんだか楽に帰ってきてしまって、申し訳ないような気持ちです。午前1時半頃に自宅に到着。妻と顔を合わせ、一息。テレビで引き続き情報を見ながら、いつの間にか眠りに落ちていました。といっても12日未明、長野県での強い地震による緊急地震速報に驚いた時点ではまだ起きていましたので、ろくに睡眠時間はとれていませんが。

翌12日の朝は、土曜日ですが臨時に出勤することに。9時の会社到着を目標に早めに自宅を出発。京急は運転を再開していますが、品川止まり。都営線方面には直通してくれません。この日の電車がどれくらいの混雑度だったかよく覚えていないのが正直なところ。品川からはやむを得ず徒歩で第一京浜を移動開始。いつも通勤ウォーキングをしている範囲なので勝手知ったる場所ですが、朝歩くことはまずないエリア。しかも歩く人が多すぎ、車道を1車線歩行者向けに開放していました。途中、札の辻交差点では、先端が曲がったという東京タワーをじっくりと観察。そういう目で見れば、そう見えないこともない感じです。結局品川から大門まで歩き、大江戸線に乗って会社へ。

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▲ 品川から泉岳寺の間、第一京浜(左)、札の辻交差点から見た東京タワー(右)

この時点では地震そのものの被害に加え、やはり大きな被害があった津波に目が向けられていて、実は既に深刻化していたはずの福島第一原発の事故にはさほど報道される情報量もさほど多くなかったように記憶しています。システムが安定していればさほど仕事量は無いと予想していましたが、この日は一日じゅう、いろいろな試みについて調整したり、準備したり。そこにいることで責任を果たせたように思います。やはりこういうときは、電話でつかまることより、そこに顔を出していられることが安心を呼ぶことを実感。出社してよかった。帰りも浅草線はまだ不通。JRが再開していたので品川までJR、そこから京急に乗り換えて帰宅。翌日の日曜日は、きょうの自分の役割をほかの人に代わってもらい、わたしは翌週に備えて自宅待機。

14日月曜日、ここからは通勤に難のある期間が始まりました。東電、そして政府からの節電要請により、電車は間引き運転。浅草線への直通運転はとりやめ。品川からはJRに乗り換えて通勤することに。16日頃から直通運転が再開されたものの、ダイヤは土日なみの間引き状態。これでは通勤時間帯の乗客をさばくことは困難です。筆者の場合、通常は特急を利用するところを各駅停車に切り替え、混雑を避けることにしました。通勤時間が長くなるのは覚悟のうえです。結局4月4日(月)に朝の時間帯が通常ダイヤに戻るまで、通勤難が続きました。

以上、当日の記憶とメールやツイッターの記録をたよりに、当日とそれ以降に身の回りにおきたことをまとめてみました。発生から9カ月を経過して、まだまだ原発の事故による影響は先を見通せません。地震そのものや津波で被害を受けた方々の生活が元に戻るには長い時間がかかるでしょう。亡くなられた方、そしてご家族の皆様にお悔やみ申し上げます。一日も早く、被災された方々の生活が復旧できるよう、どんな支援ができるかわかりませんが、協力していきたいと思っています。

2011.12.24 at 00:00 日記・コラム・つぶやき | | コメント (0)

2011年10月 3日 (月)

読書記録(2011/07~09)

期間 : 2011年7月1日 ~ 2011年9月30日
読了数 : 9 冊
教えない教え (集英社新書)
権藤 博 / 集英社 (2010-11-17)
★★★☆☆ 読了日:2011年9月24日
元横浜ベイスターズ監督の権藤博さんによるリーダー論。参考になるところもあり、良いように解釈したいと思います。ただ実際のところ、リーダー論よりプロ野球チームの監督論を読みたかったのですが、少し方向性が違ったようです。
地図から消えた島々: 幻の日本領と南洋探検家たち (歴史文化ライブラリー)
長谷川 亮一 / 吉川弘文館 (2011-05-20)
★★★★☆ 読了日:2011年9月23日
どことなく懐かしさを感じながらあっという間に読了。というのも、この種類の話題に興味をもつきっかけになったのは、「望夢楼」というウェブサイト(http://homepage3.nifty.com/boumurou/)でした。愛読していたサイトのひとつです。で、この本の著者は「望夢楼」の作者である長谷川さん。途中まで気づかずに読んでいたのですが、懐かしさを感じるのも当然のことでした。

近代まで地図上に存在し続けた幻の島。何とも夢のある話ですが、間違いで「発見」された島もあれば、そうでもないような「島」もあり、その背景は様々です。今となっては発見の経緯も推測するしかない「島」もありますが、それぞれにストーリーがあり、そのひとつひとつにもう一度ひかれてしまいました。
知事抹殺 つくられた福島県汚職事件
佐藤 栄佐久 / 平凡社 (2009-09-10)
★★★★☆ 読了日:2011年9月11日
原発の問題が収束の見通しがたたないいま、佐藤前福島県知事の著作を読みました。このタイプの選挙運動は正直嫌いで、これでは金がかかるのも仕方のないところ。しかし、いまの原発の状況を見ると、やはり何かの力が働いたのか。それにしても検察の(特捜部の)恐ろしさを垣間見た感じです。
故郷忘じがたく候 (文春文庫)
司馬 遼太郎 / 文藝春秋 (2004-10)
★★★☆☆ 読了日:2011年8月21日
20年ぶりに再読。細川ガラシャに興味が出てきて、この短編集に収録されている「胡桃に酒」を読むために。

ガラシャの生涯より、忠興の粘着質な愛情のほうが相変わらず印象に残ってしまいました。ちょっと食傷気味になる感じ。
日本はなぜ負ける戦争をしたのか。―朝まで生テレビ!
猪瀬 直樹 , 草野 厚 / アスキー (2001-07)
★★★☆☆ 読了日:2011年8月15日
奥付を見ると2001年8月15日となっている。おそらく出版直後に購入したので、約10年間「積読」状態だったことになる。読むならこの季節と思い、読み始めて3日くらいで読了。朝まで生テレビで議論された内容が収録されていて、それは10年前の環境下なのだが、あまり世の中が変わった気がしないのはなぜだろうか。

収録されている議論はいまひとつ生煮え感があり、焦点が定まっていない気もしましたが、理解できたことは、戦争を止めるチャンスは何度もあったこと。その検証が十分にされていなかったこと。この議論に参加されている猪瀬直樹さんの「昭和16年夏の敗戦」を読んでいたので、猪瀬さんの主張がよく理解できました。
野球にときめいて―王貞治、半生を語る
王 貞治 / 中央公論新社 (2011-03)
★★★☆☆ 読了日:2011年8月3日
巨人ファンでもソフトバンクファンでもありませんが、子どものころから王さんはヒーローでした。感情が表情にすぐに現れそうな、まっすぐな人柄が好きです。その王さんの半生記。おそらく記者が取材で聞き取ったものなのでしょうけれど、王さんらしいまっすぐな生き方がよくわかる半生記です。大半の人の人生は多くの偶然に左右されていくものですが、王さんの場合、全部の偶然が良いほうに転じたのでしょう。巨人の監督をしていたころより、ホークスのころのほうが王さんらしい野球ができていたのだろうと思う一方で、大半は選手時代の内容なので、そこがやや不満なところ。
動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか
福岡 伸一 / 木楽舎 (2009-02-17)
★★★★★ 読了日:2011年7月27日
サッカー日本代表の前監督、岡田武史さんの講演で紹介されたのをきっかけに読んでみました。動的平衡という聞きなれない言葉の意味するところ、興味深い一冊でした。自分がここに存在して、何かを思い、こうして何かを書いている事実はいったい何なのか、考えさせられます。
金哲彦のマラソンレース必勝法42
金 哲彦 / 実業之日本社 (2010-10-27)
★★★★★ 読了日:2011年7月4日
金哲彦さんの講演を聞いて、さっそく購入。フルマラソンを始めて15年くらいたちますが、最近になってようやくノウハウ本を読むようになりました。秋のマラソンシーズンに向けて取り組んでみます。
ニュース・エージェンシー―同盟通信社の興亡 (中公新書)
里見 脩 / 中央公論新社 (2000-10)
★★★★★ 読了日:2011年7月1日
創業の思いが時代と噛み合わなかったというのだろうか。それとも、なるようになってしまったのか。「同盟通信社」の興味深い記録です。

2011.10.03 at 00:49 書籍・雑誌 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月28日 (木)

2011年第37~44号

前日に続いてピンクが咲きました。37~44号です。

2011.07.28 at 23:59 サボテン | | コメント (0) | トラックバック (0)