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2016年6月19日 (日)

隠岐の島ウルトラマラソン2016

2016年6月19日、島根県隠岐の島町で開催された「第11回 隠岐の島ウルトラマラソン」に参加しました。この大会は100kmの部と50kmの部がありますが、筆者は50kmの部を選択。100kmなんてまったく自信がないのもありますが、そもそもの参加目的は筆者の目標である47都道府県フルマラソンの島根をクリアするためです。島根にはフルマラソン大会がなく、昨年クリアした福井県と同様にウルトラマラソンを完走してフル完走に替えることにしています。ですので、条件としては42.195kmより長ければよいので、100kmである必要はありません。50kmで十分です。

隠岐の島は島根県に属してますが、本土から船便で渡る場合の拠点は鳥取県の境港になります。今回はJTB西日本(以下、JTB)が企画するツアーに参加しました。宿の数が限られている島で開催されますので、JTBが主催者と契約のうえで宿の手配を一手に引き受けているようです。

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▲ 隠岐の島(GoogleMapsから)

大会前日、早朝の便で羽田から米子空港へ。ここからツアー用のバスに乗車して境港に到着。この時点でまだ午前9時過ぎで、人気もまばらでした。境港から昼の船便で隠岐に渡るのですが、3時間くらいの空き時間ができてしまい、どうしたものかと思いながら行動開始。「水木しげるロード」を少し散策しましたが、まだ空いている店も少ないうえに日差しが暑い。早々に散策を終了して、バスの車中で目をつけていた駅近くのスーパーに「視察」へ。スーパーの食品売り場で地元ならではの食材や菓子類を見て回るのが趣味です(見るだけ)。船が12時発なので船内で昼食にしようと考えて食料品を購入。かしわ飯や赤飯のおにぎりという地元色のない無難な選択になってしまいました。隠岐までは境港から高速船で1時間20分くらい。13時半前に隠岐の島・西郷港に到着。ここから西郷地区を巡回するバスに乗り、メイン会場であるレインボーアリーナ(総合体育館)へ。前日受付を済ませ、参加賞のTシャツなど受け取ります。特産品のお酒、お菓子、食品などがたくさん売られていましたが、残念ながらお昼を食べてしまったので見送り。「闘牛ブリカツバーガー」が気になっていたのですが・・・。お昼はここまで我慢すれば良かったかもしれません。

ツアーで筆者が割り当てられたホテルはメイン会場や港のある西郷地区からクルマで約20分離れた都万地区。まずはメイン会場からシャトルバス(という名の9人乗りワゴン型タクシー)でホテルに向かいます。同じ方面の宿泊施設利用者と相乗りです。ホテルは広々とした和室にオーシャンビュー。なかなか良い部屋でした。近くを散策しようかとも思いましたが、あまりの暑さに部屋でまったりとテレビを見ながら、夕方の「前夜祭」を待ちます。前夜祭会場はメイン会場でもあるレインボーアリーナ。さっきの場所に戻ります。再びワゴンタクシーの出番ですが、乗り込もうと思ったところ、人数オーバーで全員は乗り切れず。我々は先に席を譲ってもらって乗り込めたものの、どうしても2人乗り切れない。詰め合わせて乗ろうかとも思いましたが、乗れなかったグループはタクシーで移動するということに。ちょっと気まずい思いをしました。次回は十分なキャパを確保できるマイクロバスなどを用意していただけないかと思いました。

前夜祭。かなり盛り上がるという事前情報を聞いていましたので、楽しみにしておりました。町長の挨拶、ゲストランナーの川内選手のお話、町長の歌(プロ並み)などなどのアトラクションと共に、ビールや缶チューハイ、そして地酒も振る舞われて大いに盛り上がっていました。「隠岐そば」というのを初めていただきましたが、短めのそばに鯖の出汁でしょうか。冷たいそばなのかと思ったら暖かかったことにびっくりしました。美味しくいただきました。なお、岩がきは同行者の胃袋に収まりました。筆者はカキ食べないので。ホテルへの足に不安がありましたので、前夜祭の途中で切り上げ、もう一度ワゴンタクシーへ。今度はわたしたちで席が埋まり、出発。よいタイミングでした。

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▲ 前夜祭。川内さんが登壇

なお、ゲストで登壇した川内さん(50kmの部に招待参加)は100kmランナーのうち先行しているランナーを追いかけると言ってました。50kmの部は100kmコースの後半を走りますので、50kmの部がスタートする11時半までに50km地点を通過していれば、日本を代表するマラソンランナーである川内さんに追い抜いてもらうチャンスなのです。これは羨ましい。6時間半で100kmコースの前半部を走れる自信のある人はチャンスです。

ホテルに戻って、本格的に夕食。海の幸を中心にした料理を地酒とワインと共に楽しみました。走る前日なので本当は料理を減らしてでも白米の比率を上げてほしかったのですが、宿の食事はそういうものだということでここは諦め。大浴場でリラックス後、寝酒代わりにビールを1杯(走る前日なのに飲み過ぎです!)。23時くらいには床について翌朝に備えました。

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▲ 美味しい食事ですが、走る準備としてはいまひとつ

当日朝。レースは11時半スタート。遅い時間のスタートですが、100kmレースの後半のみを走る都合で設定されたものでしょう。7時から宿の朝食時間のため6時台に起床。窓の外は雨。これは小雨というレベルではない。ヤフー気象情報アプリから「豪雨予報」の通知が届くほど本格的な雨。お昼頃には止むか小降りになるかの予報ではあるものの、どうなることやら。もう100kmコースのランナーはとっくにスタートしているはずで、大雨のなか大丈夫だろうかと心配になりました。朝食は白米中心にいただきました。焼き魚や卵焼き、大根おろし、たらこ、塩辛など種類の多い副菜も美味でした。白米でお腹がいっぱいになってしまい、温野菜にはほとんど手をつけられず、残念でした。

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▲ 朝食

10時にスタート会場に向かうバス(今度は大型のバス)が出ます。ホテル玄関からバス乗り場までにランニングシューズが濡れてしまうことを警戒して、靴はバスの中で履き替えることにしました。宿泊していた宿から別の宿も経由してバスは満員。スタート地点に向かいます。バスに乗りきれなかった人がいましたが、どうやってスタート地点入りしたのか気になります。大丈夫だったのでしょうか。

スタート地点では所定の袋に入れた荷物を預けることができます。あまり大きな袋ではないので最低限の着替えなど必要なものだけと注意書きがありました。ただし、当日帰る人や別な宿に移る人は袋に入らない荷物も預かってもらえました。筆者は月曜日に休みが取れなくなり、やむを得ず当日中に本土(七類港)へ渡るチャーター船で戻ることにしています。所定の袋に入るものは入れ、入らないものは所定の袋とひもでくくりつけて預けました。これでレース後の行動が楽になります。助かりました。

スタート地点は水若酢神社(みずわかすじんじゃ)。かなり由緒正しい神社のようです。ここをスタートして、メイン会場であるレインボーアリーナを目指します。スタート時点で心配していた雨はほぼ上がり、湿度の高い曇り空になりました。日差しは無さそうなので日焼け止めは塗らなくていいかと思い、そのままスタートの時刻を待ちます。その間に開会式やアトラクションもあり、場を盛り上げていました。マイクの音声がとぎれとぎれになったのが残念。スタート列で待っている間に招待選手の川内さんも会場に到着しました。

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▲ 50kmの部、開会式

11時30分、レースがスタート。ひたすらゆっくり走るつもりです。フルマラソンを超える50km走らなければならないので、記録ではなく完走が何よりの目標です。この参加記録では便宜的にスタートから10kmをパート1、10~25kmをパート2、25~40kmをパート3、40kmからゴールまでをパート4として書いていきます。

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▲ 鳥居がスタートゲート。50kmの部スタートです

パート1は50メートル級のアップダウンはあるものの比較的穏やかなコース。ここは1キロあたり6分半が目標。最初はこのスピードで5kmくらい走りました。ところが徐々にこのペースを維持するのが難しくなってきて、早くも7km地点あたりからキロ7分台に突入。ここは2つ目の50メートル級の上り坂なので仕方ない。同時に雨があがるどころか直射日光が指してきて非常に暑く感じて走りにくい時間帯になりました。何とか下り坂ではキロ6分台に戻します。それにしても日が差してくるなんてスタート前には思ってもいませんでした。日焼け止めも塗っていないし、キャップの後ろに着脱できる日よけも外してしまったし・・・。顔は防止を目深にかぶっているので、何とかなるでしょう。でも首の後ろ側、両腕、両脚は真っ黒になりそうな予感です。序盤のパート1である程度疲弊していまったのは誤算です。

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▲ 3km地点付近。沿道の応援を受けながら走ります

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▲ 応援風景。カメラに反応いただいてます

パート2へ。ここはこのレースの山場言ってよいと思います。この15kmの間に70m級の上り坂が1回、さらに150m級の上り坂が3回出てきます。さすがに150m級の坂道は、見上げると絶望感があります。あまり先を見ずに、いま目の前にある坂を一歩ずつ進むという意識の方がよさそうです。後からわかったことですが、ここでがんばりすぎると後半に力が残りません。筆者はがんばりすぎてしまいました。と言っても4つの坂のうち3つ目、4つ目は歩きを交えながらの走行なので、あまりがんばりすぎたとは言いにくいのですが。結果から見れば1つ目、2つ目も適度に力を抜いて走った方が良かったように思います。沿道の景色は、坂を下りてくると海水の浸食を受けた岩が独特の形を作っていたり、海面のすぐ近くを走ったり、変化に富んだコースなので、走っていて飽きることはないのではないかと思います。

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▲ 12km付近の上り坂。歩いている人もいます。わたしも無理しなければよかった

この区間の下り坂は止まらずに走りきりましたが、下り坂の長さを考えるとどうも下り坂をうまく走ることがポイントになりそうです。ブレーキをかけて膝の負担が増さないような走り方。頭ではわかっているのですが、実際に下り坂が長く続くと、いつの間にかフォームが乱れて、膝に負担をかけてしまっている気がします。実は、レースの1週間ほど前から右膝に痛みというか違和感があり、どうしたものかと思っていたのでした。テーピングもサポーターは使用しませんでした。変にテーピングして副作用的な症状が出てしまうとイヤなので。ちなみに今回、ワセリンは多用しました。特にいつもマメができる足の裏、シャツの摩擦を起こす腋の下あたりは念入りに。追加して、腰回りのポーチのベルト部分にも塗るべきでした。ここは反省点。

パート2はパート1で疲弊した体にむち打つような区間でした。やっと半分(25km)走りましたが、疲弊度は75%といった感じ。

パート3。晴れたり曇ったりを繰り返す天候ですが、パート3に入る辺りは晴れていました。ようやくパート2の激しいアップダウンを終了して、やや落ち着いた区間に入ります。このあたりになると徐々にランナーがばらけてきて、ほぼ同じような顔ぶれのまま走る(時には歩く)ことになります。2~3キロごとに設置されたエイドにも同じようなメンバーで立ち寄る感じでした。びっくりしたのは上下スーツ姿のランナー氏。沿道の人に聞くところでは、この人は毎年この姿で走っていらっしゃるとか。そしてフェリーの中もスーツ姿とのこと。ただでさえ暑いのに、敬服します。袖から汗がしたたり落ちていました。ちなみに、スーツ氏のゴールタイムはわたしとほぼ同じくらいでしたが、何とか抜かれずに済みました。

26キロ過ぎくらいに応援の同行者が「応援バス」で立ち寄るエイドがあります。ほぼまっすぐな道にエイドがあるのが遠くから見えていましたので、ここだけは元気なふりをして走ることに。エイド手前に同行者の姿が確認できましたので、スピードを緩めて写真を撮ってもらい、さらに日焼け止めの話など二言、三言会話をかわして、元気に立ち去るふり。実際にはエイドに立ち止まって飲み物とフルーツを補給。エイドで止まったついでにスマホの状況を確認。電波が届かないエリアも多いので、バッテリーの消費も激しいはず。携帯していた小型のバッテリーを使用して、充電を開始しました。

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▲ 同行者写す。26km過ぎのエイド手前。日差しで暑くなりました

29キロ地点くらいに闘牛場があり、なんと真っ黒な牛の姿が見えてきました。近くを通る際に牛の写真を撮ろうとカメラを向けていたら、関係者のおじさんから「牛と一緒に撮りましょうか」と声をかけていただきました。ありがたく牛とツーショット。長時間の戦いですので、こういう息抜きの時間がうれしいですね。

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▲ 牛さんとツーショット

さらに進んでいくと前の晩からお世話になった宿に近づいてきました。宿の前に従業員の方が数人応援に出ていらっしゃいました。わたしは気付くのが遅れてしまったのですが、応援のうちのひとりは前日夜の食事の際に給仕していただいた方でした。先方がわたしに気付いて声をかけていただきました。応援ありがとうございます。写真を撮れば良かった。

このあたりは比較的平坦なので、できるだけ走る時間を長く取って(できるだけ歩かずに)少しでも先に進もうとしていました。前日にワゴンタクシーで通った場所でもあるので、車中で目に付いた牛の像をカメラに納めたかったのですが、そんなこともあり近づいて撮るのを断念。遠目での撮影になってしまいました。

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▲ 30km手前、先の方に闘牛の像が見えます

30km過ぎ、ここで本格的なエイドが出現。から揚げとか焼き鳥とか、およそマラソンのエイドとは思えない品揃えでした(写真撮り忘れた!)。これは私設だったのか公設だったのか、よくわかりませんが、わたしはソーメンをいただきました。ショウガが良く効いていて、頭がスッキリした感じです。あまり空腹は感じていなかったもののここで栄養補給しておいて良かったような気がします。ちなみにエイドのおばちゃんが「生ビールもあります」と言ってましたが、ここは自重しました(笑)。あと20kmもありますので。

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▲ エイドで休憩中に写真を取り忘れ、振り返って撮影

この大会のエイドにはコーラが置いてある率が高く、とても魅力的でした。1年前の東尋坊のウルトラマラソンでラスト3kmでコーラを飲んだら頭スッキリ、体もスッキリで生き返った気分になったのを思い出しました。この大会でもコーラは終盤の力水にしようと思い、残り10kmまではコーラは封印。ラスト10km後のエイドにコーラを発見したら解禁しよう。そう心に決めていました。そんなこともあり、この段階ではまだコーラはお預け。スポーツドリンクや水をいただいていました。

この大会の楽しみは、集落ごとに町民の方々が集まって熱心に応援していただけること。この区間でも大漁旗や幟旗を持ち出して、お年寄りから子供まで集まって暑い応援をいただきました。こちらからカメラを向けると喜んでポーズをとってくださる。ありがたいことです。

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▲ 応援風景(31km付近)

パート3の後半では、再び坂が出現。今度は80メートル級と60メートル級です。ここまで100メートルを超える坂を経験してしまいしたので、苦しいし辛いのですがもう感覚がマヒしているようなイメージ。上り坂はまともに走れていないし、かなりの区間を歩いているし、ダメダメなのですが、前半の坂のような苦しさは感じませんでした。あと20kmを切っているので、少しは先が見えてきたこともあったのかもしれません。

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▲ 36km付近の上り坂

37kmのエイドで今度はあんパンを補給。エイドで水を飲み干したあとにパンを取ったので、再び水を取るために戻ることに。頭が回っていれば水を飲む前にパンを食べるのですが、疲れて頭が回っていない証拠です。こういう細かい時間のロスは、積み重なると大きいのかもしれません。

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▲ あんパンを補給

後から考えるとパート3は栄養補給もした関係で、体力を若干回復できたような気がします。疲弊度70%。
40kmを過ぎてパート4に入ります。40kmのポイントはすぐ左側に海が見え、平坦な場所。ここで携帯型のバッテリーをスマホから取り外します。ほぼ充電完了。ゴールも近く(といっても10kmありますが)なってきたので、あとは平坦なまま行けるかなとも思いましたが、それはやはり甘かった。
43~46kmのあたりは隠岐空港の周辺を通ります。よく考えてみれば当たり前なのですが、起伏だらけの島で空港を作るといったらそれは高台になります。ということはその周辺は坂になります。ということで43kmに向けて上り坂。もう上り坂は歩きを交えて走る、いや走りを交えて歩くしかありません。時間をかけて上り切った先には空港の滑走路下を通るトンネル。ここはほぼ平坦(若干上り)なので、普通に走ります。トンネルの中は妙に音が響いて、あまり心地よいものではありません。早く抜け出したい気持ちがあるせいか、少しだけ速度も回復したように思います。

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▲ 空港付近の上り坂
44km地点。私設エイドでコーラを出してくださっているのを発見。40kmを過ぎたのでコーラ解禁です。ありがたく立ち止まっていただきました。こういうときのコーラは炭酸が気持ちよく、疲れた体にし染みこむような甘さもあり、美味しい。しかも頭がスッキリして体が元気になったような「錯覚」を生む効果もありそうです。

空港付近で45km。とどめのような上り坂を過ぎると、今度は一気に下ります。中心街を見下ろすような感じになるので、眺望が楽しめます。残り4kmくらい。先が見えてきて、やっと景色を楽しめる余裕が出てきました。残り2km地点近くになると西郷大橋が見えてきます。これは隠岐の島に着いたときから気になっていた赤い橋。港からはかなり見上げるような高さだったので、坂を下りてこの橋に出たのはちょっと驚きでした。相当上っていたのだな、と。橋の上から西郷港を見るのは絶景でした。橋の上で「あと2km」を通過。

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▲ 港を見下ろす下り坂。あじさいの花がきれいです

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▲ 西郷大橋からの絶景。天気良ければなあ・・・

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▲ 西郷大橋の途中でラスト2kmに。先が見えてきました

橋を降りると下り坂。西郷港の中心街近くを通りゴールに向かいます。ゴールのレインボーアリーナは高台にあることはわかっていますので、最後に坂を上る力を残しておかなければなりません。適度に力を抜きながらゴールを目指します。おばちゃんたちの応援の中を通過しながら「あと1km」を通過。トンネルを抜けると信号を左折。数十メートル進むと最後の上り坂に差し掛かります。

坂の入り口には「虹見坂」の石碑。これは昨年の第10回の大会を記念して設置されたものらしい。虹見坂という名前もそのときに決まったとか。坂をゆるゆると上っている最中に1人抜かれたのがちょっと残念ですが、何とか上り切るとアリーナ前の敷地内にゴールが見えてきました。MCの甲高い声がわたしの名前を呼んでくれている。ありがとうございます。道の両側の応援の方々の数も予想以上。最後の力を引き出していただきました。

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▲ 「虹見坂」の碑。タッチして最後の坂へ

ゴール手前でいったん立ち止まり、テープが張られたフィニッシュゲートを撮影。そんなことやっているのわたしくらいかもしれません。そして「笑顔でバンザイ」をMCの方に勧められ、普段はあまりやらないのですがバンザイしながらゴール。記録は6時間33分。ラスト5kmでもう一がんばりできればサブ6.5行けたかもしれませんが、余力ありませんでした。

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▲ ゴール手前でフィニッシュゲートを撮影

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▲ ゴール(同行者写す)

さて、この日のわたしのゴールはここではありません。預けた荷物を受け取り、記録証を発行してもらったあとは、上の方に書いた通り月曜日に仕事を休めないことになったため、翌朝の出勤に向けて行動しなければ。とはいうもののひとまず汗を流すため、さきほど上ってきた虹見坂を下りて温水プールへ向かいます。ここのシャワーを無料で利用できる券が事前に届いていました。プールのシャワーなのでスイムウエアが必要と記載されていましたので、捨てても良い海パンを持ってきました。濡れると荷物が重くなりそうなので、使用後に捨てるつもりで。実はプールのシャワーの他に、更衣室内にもシャワーがあり、こちらはスイムウエア不要でした。それならそうと言ってくれれば。とはいえ更衣室内のシャワーは一基しかなく待っているひともいたので、海パンをはいてプールのシャワーへ。とりあえず汗を流せれば良いので、どちらでも良かったのです。こちらはガラガラですっきりと汗を流すことができました。

着替え後、再び虹見坂を上って会場へ。ここからシャトルバスでフェリーふ頭へ向かいます。西郷地区循環バスに乗り、隠岐ビューポートホテル前で降ります。10分程度でした。フェリー乗り場はホテルの向かい側です。集合時間まで1時間程度余裕がありましたので、近くのお店で職場に持って行く土産物を物色します。同時に、船内で飲もうと思ってビールを探したのですが、ここにはアルコール類がありませんでした。隣の土産物屋にもアルコール無し。フェリーの中の自販機に期待するしかないかと考え、そのまま乗船することにしました。

ちなみにフェリー待機場所はコンクリート地面にブルーシートが敷かれた場所に座れというもの。これは走った後の足腰には酷な仕打ち。しかも大人数が乗船する予定らしく、詰めて座って欲しいとのこと。たまたま空間のある場所で待機できたので、足は伸ばせましたが、コンクリートの地べたは辛いですね。もう一息工夫できなかったものかと思いました(後日、黙っていては伝わらないと思いJTBさんに問い合わせたところ、次回以降の改善を検討していただけるとのことでした)。なお、列に並ぶ際にあらかじめ注文しておいたお弁当を受け取りました。注文しておいて良かった。お弁当は、大事なポイントだったと思います。

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▲ お弁当(ビールなし)。かなりのボリューム感で、食べきれなかった・・・

20時20分頃、七類港行きのフェリーに乗り込み、とりあえず居場所を確保。弁当が食べられて、足を伸ばして横になれればいいので、窓際ではないもののまあいいかという場所。で、ビールを探しに行きましたが、何と自販機が故障中で買えないというトラップ。何でこんな肝心なときに故障なの?きょう見たいな便では販売さえすれば間違いなく売れるのに。残念です。結局、ビール無しで弁当ということになりました。フェリーに乗る前にもう少し気合を入れてビールを買える店を探すべきでした。どこかにあったのだろうか・・・。フェリーは20時50分頃に西郷港を出発。2時間半程度の船旅の予定。弁当を食べて寝るだけと思ったのですが、頭がレースの高ぶった状態のままなのか、結局一睡もできずに到着。予定時刻より20分くらい早い到着でした。これはうれしい。

七類港から先は公共交通機関が終了していますので、タクシーを予約しておきました。七類港から境港駅前までおよそ20分程度で3000円程度。ちょっと値が張りましたが仕方ありません。この日は境港駅前のホテルで一泊。シャワー後、ホテル内の自販機で買ったビール。ようやく楽しみにありつけました。なお、温泉付きのホテルでしたが、少しでも早く寝たいので温泉は省略。もったいなかった。これでこの日の行程は終了。おやすみなさい。これで午前0時半くらい。

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▲ ようやくビールにありつけました

そして翌朝は5時半起床。「絶対に起きなくては」と思って横になっていたせいか、眠りが浅くあまり休んだ気になれませんでした。身支度を調えて6時過ぎにはホテルをチェックアウト。ホテル滞在時間は6時間程度。あー、もったいない。このホテル、なかなか居心地が良かったのに。境港発6時29分の電車で米子空港へ移動。羽田空港行きの朝イチの飛行機(7時20分)に間に合いました。8時半頃に定刻通り羽田到着。無事、通常通りの勤務につくことができました。

前夜祭やレースは楽しめましたが、レース後や翌朝は慌ただしく移動するしかありませんでした。来年以降参加される方は、月曜日のお休みを確保して参加されることを強くお勧めします。これで47都道府県マラソンは37都道府県をクリア。次は10月の弘前です。

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コメント

お疲れ様でした。いつも同伴者がいて羨ましくもありますが費用も大変ですね。離島の交通手段はなかなか手間がかかり面倒ですね。又何かビールを飲むのも関門がありそうな感じがします。これを参考にして来年はチャレンジします。今日函館から帰宅しましたがやっと今シーズンが終わりました。函館は風強く降雨もあり、なかなか厳しいコースで且つ練習不足でしたのでタイムは良くありませんでした。天候のせいで観光も殆どせず素直に?帰りました。前夜の駅前の居酒屋は何処も満員でこれも又関門かな?何とか東京から来た若者?ランナーと一緒に少し飲みましたけど。10月の弘前はエントリーの予定です。お互い来シーズンも楽しんで頑張りましょう!!

函館マラソン、お疲れさまでした。完走おめでとうございます。函館には観光で行ったことがあるのですが、残念ながら悪天候で夜景が見えませんでした。いつかリベンジしたいと思っています。函館マラソンは良い機会かもしれないですね。

わたしも弘前に申し込む予定です。それまではハーフを何本か走るつもりです。来シーズもがんばりましょう。

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